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移動式のブログ

ガジェット、アニメ、プログラミング、考えたことその他色々・・・特にこれといったテーマはないカオスなブログです。

デジタルじゃんけん

じゃんけん代行


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https://idoushiki.github.io/janken.html


じゃんけんしてくれるサイト作った。

ふざけて手描きした感満載の適当な感じが漂うサイトだなぁ…。


じゃんけんって、ほぼ運のみで勝負決まると思うけど多少は実力も勝敗にかかわってくる。
例えば、相手がグー出そうとしているのを一瞬のうちに読み取って、素早くパーをだせば勝てる。瞬時に相手の出す手を判断できれば、勝つことが出来るということだ。
一瞬のうちに相手の手の動きを読み取れる、反射神経の優れた人と勝負する場合は負ける可能性が高くなると思う。
じゃんけんほぼ100パーセント運要素の勝負にするために、じゃんけんをプログラムに任せてしまおう!

自分はじゃんけん弱いかな~って思う人は使ってみてはいかが?(※勝率が上がる保証はありませんが)


ついでにサイコロもおまけでつけておいた。

「サイコロを振る」を押せば、1~6の目がランダムで表示される。

ラインクリエーターズスタンプ つくってみた

ラインスタンプ 作ってみた

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俺は絵を描くことが好きだ。
という事で、ラインスタンプを作ってみることにした。

さて、どんなスタンプにしようかな…
よし!ニートをネタにしたスタンプを作ろう!
ということで、「にーとすたんぷ」を作ってみた。


ラインスタンプは、最初の頃はスタンプ画像40枚+2枚(メイン画像、タブ画像)が必要だったが、現在ではスタンプ画像が16枚から作ることができる。そして、24枚、32枚、40枚と、スタンプの数を選べる。16枚から手軽にスタンプを作ることが出来るわけだ。

ラインスタンプ用の画像 条件

・画像をPNG形式にする(透明背景で)
・画像を適切なサイズに変換する
 スタンプ画像   :W 370×H 320 pixel
 メイン画像1枚  :W 240×H 240 pixel
 タブ画像1枚   :W 96×H 74 pixel



今回作成したにーとすたんぷ↓
store.line.me


自分が作ったものがLINEという有名なサービスの中でひっそりと存在しているなんてわくわくするな。
これってLINEスタンプでこのスタンプを検索すれば誰でもネット上から見ることが出来るし、買えば、誰でも使うことが出来る。個人的に作ったものを世界に向けて発信できるなんて面白いな~。
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幸福度を高める

幸福度Happiness(H)という考え方

人間はHを増やすことを目的にして生きよう。

幸福度は、結果に対して割いた労力で決まる。
つまり、リターンを得るためにどれだけ投資したか、得られた結果に対する苦労がどれほどかということだ。

例えば、同じ仕事内容で、時給800円のバイトを8時間するのと、時給1000円のバイトを同じ時間するのなら、後者のほうが幸福度が高い。
しかし、時給1000円のバイトの仕事内容の辛さが1000だとして、時給800円のバイトの辛さは10だとしたら、時給800円のバイトのほうが幸福度は高くなる。
なぜなら、8000の投資に対して8000円を得るのと、80の投資に対して6400円を得るのなら、後者のほうがずっと少ない投資で大きなリターンを得られるからだ。

なんの利益もないけれど楽しい趣味とか、辛いけどお金がたくさんもらえて安心な仕事みたいな感じに、人間は、お金とか実質的な利益が全く無い事でも、好きなことをしていれば幸福は感じる。逆に、実質手な利益が多いのなら、辛いことや無駄な事でもやり続けることが出来るということだ。
お金とかものとか実質的なものって「満足感」を得るための手段に過ぎなくて、目的ではないと思う。お金が沢山あってもそれが使えなければただの紙切れで役に立たないし。
RPRは、実質的な利益だけでなく、「精神的な満足度」も含めた利益の大きさだという考え方だ。

H=楽しさ+利益

「楽しさ」は、どれだけ楽しいのか辛いのか、という人間の感情的な、幸福度的なもの。
「利益」は別にお金じゃなくても、得られる物とか、得られる地位とか、「人間社会において通用する価値」なら別の物に置き換えてもいい。
Hが大きければ幸福、Hがマイナス方向に大きければ不幸だと感じる。人それぞれ、楽しさと利益の感じ方は違う。

苦労して辛ければ、「楽しさ」が負(-)になるから、Hが小さくなる。だから、給料がもらえて、「利益」が高くても、辛い仕事をしていると鬱になったり自殺したりする。
「利益」はマイナスでも、「楽しさ」が勝れば、Hは高い。だから人間はゲームとか映画みたいな、娯楽(なくても死ぬことは無い事)のためにお金を消費するといえる。

つまり、幸福度(H)が高いほど、人生の幸福度、満足度が高まっていくんじゃないかと思う。

kindleか紙か

電子書籍端末欲しい


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本や漫画が増えてきた。

俺の場合は、「若者の読書離れ」の逆状態だ。
中学生ぐらいまでは、本なんかよりゲームやってたほうが楽しかったけど、最近は、ゲームほとんどやっていないが、本を読む時間が増えた。
学校の授業より、本読んでたほうが楽しいし、幅広い知識が得られるので、今となっては「中学生までは不登校でも卒業できるんだから一年の三分の一ぐらい学校さぼって図書館に行って本でも読んでたほうが良かったんじゃないか」なんて思うこともある。実際には年間数日しか休んでいなくてクソ真面目に学校通っていたんだが。

本をやたらと買っているので、漫画とかも含めて、200冊以上はあるんじゃないだろうか。人によっては、少なく思うかもしれないが、自分の部屋は超広いわけでもないので、そのうち、本を置くスペースが不足すると思う。

ということで、電子書籍端末を買ってみようか。
電子書籍なら、一つの端末で大量の本が読めるので、スペースに困らない。
さらに、新品の本よりも多少安く買える本もあるし、月額で料金を払えば特定の本が読み放題になるのもある。
さらに、ページをめくる必要がないので、布団の中にくるまって寝っ転がりながら読む時に読みやすい。

紙の本を買い続けるか、電子書籍端末を買ってkindle版の本を買うか、迷う。

しかし、ブックオフだと、中古で100円で買える本があるが、kindle版だと中古という概念がないので、そこまで格安で買うことはできない。新品を買う場合、紙の本よりも安い場合があるが、微々たるものだ。紙の本だと、3000円する本がアマゾン中古で送料込みで250円ぐらいで買えるし、ブックオフだと100円だ。
その上、端末は、充電する必要があるし、本よりもデリケートなので、壊れることもあると思う。

値段の点で考えると、今のところは、紙の本を買ったほうが良いのかもしれないが、長い目で見ると、kindleを買ったほうが良い気もする。
今のペースで本を買い続けると、数十年後には、何千冊もの量になって、持ち運びが大変になるし、生活スペースのほとんどが本で埋め尽くされる。そうなると、引っ越しの時に不便だし、部屋が狭くなって不便になる。そうならないために、今後、kindleに頼らざるを得ない日が必ず来ると思う。
安いのだと、一万円以下で買えるし、kindle端末買っておこうかな~。


太陽風の影響で、地球上の電子機器が全滅したとしても、紙の本は生き残るので、紙の本のほうが良いという考えも思いついた。しかし、地球上の電子機器がすべてダメになるレベルの太陽風が地球に降り注いだら、人間自体も無事ではないだろうからあまりそのことは心配する必要はないか。データ消える云々の前に、自分自身も消えてしまうだろう。しかし、自分の持っている本がすべて消えるというのは考えただけでも恐ろしい。苦労して進めたゲームのセーブデータが消えた小学生の時の感覚を思い出す。
あの頃は、ゲーム命だったから、ゲームのセーブデータが消えるのはかなりきついことで、地球最後の日でもくるかのような絶望感に襲われたものだ。今でも、何か本気で取り組んできたものが消えたら同じような気分になると思う。

クローン人間やクローン臓器

最近、テレビでips細胞についての番組がやっていたので、思ったことを適当に書こうと思う。

フィクションと現実の境が薄れてきた。
魔法は、伝説上、空想上のものだと思う。しかし、現代の科学技術も、「魔法」みたいなものなんじゃないか。
ips細胞の技術で、「自分自身の遺伝子を利用して臓器のコピーを作って臓器移植する」なんてことができるぐらいだから。ips細胞の技術を利用して、クローン人間を作るみたいなこともできるらしいから、すごいと思う。人間を創造するって、昔の人からしたら神にしかできないようなことだと思われていたはずだ。

ヨーロッパで、「ホムンクルス」という錬金術で作られた人造人間を、パラケルススという錬金術師が作り出したという伝説がある。ゲーテの描いた本「ファウスト」にも「ホムンクルス」が出てくる。

人間を人工的に作るという、そんな現実離れしたような事が可能なわけだから、現実世界と空想の世界の境界があいまいになりそうだ。「錬金術」だとか「人造人間」なんて漫画じみた、ゲームじみたことが現実世界で実現可能になりそうなわけだし。

しかし、人間を科学的に作り出すことが出来たとしたら、「優れた人間を大量に生み出して、ダメな奴を排除すれば良い」みたいな優生思想みたいなことになりそうだから大変だ。ナチスドイツの「アーリア人はほかの民族より優っているが、ユダヤ人や障害者はダメな奴らだから排除する」みたいなやばい事を考えて、実行する人間が出てくるかもしれない。

既存の人間が生かされたままだとしても、ドラゴンボールの人造人間みたいな超すごい人間を大量に生み出されると、既存の人間は自然淘汰されるかもしれない。知能的にも肉体的にも優れたクローン人間が増えるにしたがって、既存の人間の数は少なくなっていって絶滅するということだ。

また、なんの問題も起こらないで、共存する可能性もある。優れたクローン人間と、オリジナルの人類が普通に結婚して子孫を残す場合、時間がたつとともにオリジナルの人間とクローン人間の混血の人間がマジョリティになって、純粋な既存の人間と純粋な優れたクローン人間は少なくなっていって、やがていなくなる。そうすれば、やがて、全人類がクローンとオリジナルの混血人間になって、特にこれといった争いや犠牲無く、全人類の能力がパワーアップすることになる。

他には、クローン人間自身が困る可能性が高い。「臓器を取るためだけ」とか「人体実験のためだけ」という目的で生み出されて、便利な道具みたいな扱いを受ける可能性がある。



しかし、人類が、クローン人間を作ってはいけない理由は何なのか。
昔、クローン人間を題材にした映画を見た記憶がある。臓器を取り出すためだけに生み出された大勢のクローン人間たちが島にある施設に収容されている感じの映画だ。オリジナルの人間が臓器を必要としたときに、クローンの人間が手術室みたいなところに連れていかれて、臓器を抜き取られてしまうような内容だった気がする。
こんな感じに、臓器生産家畜にされてしまう可能性もあるので、クローン人間が誕生して困るのは、オリジナルの人間ではなく、クローン人間のほうである可能性が高い。
クローンでも、人間(動物)である以上「意識」はあることだし、死にたくないという考えもあると思う。

他の例は、肉体的に優れた人間だけで結成された軍隊やスポーツチームのために、人間を人工的に生み出すとする。そうすると、その人間は強制的に生き方を決められてしまうので、オリジナルの人間並の人権が認められず、奴隷のような用途にされてしまう可能性がある。
みたいな理由が挙げられる。


しかし、人類が、奴隷にするためや、臓器を取り出すためにクローン人間を作るのは悪いことだと定義することに矛盾があると思う。なぜなら、人類は、豚とか牛とかを食べるために飼って、成長したら殺して食べてしまう。家畜も動物だし、生きているのに、なぜ牛とかは平気でたくさん育ててたくさん殺すのに人間はダメだと言い切れるのだろうか。クローンと言えども、法律上「人間」ではある。自分たちが人間で、クローン人間といえども人間であり、同じ種類の生物だからなのか。

もしくは宗教によっては、動物や植物は人間が食べるために神によって作り出されたみたいな考え方のものもあるからなのかな。その考え方なら、人間は自由に動物を支配していいので、動物には人権はないし、物と同義なわけだから、どんなに動物を殺していたとしても、胸を張って「人間を奴隷にしたり、殺すことは悪である」と言い張れる。


しかし、宗教的にではなく、科学的、生物学的に考えたら、日常的に肉を食べている人は多いと思うが、その肉は殺された動物の肉であって、それを好き好んで食べるということは、牛や豚、つまり動物を殺すことに賛同しているのと同じことだと思う。牛とか豚とかは、人間と同じように哺乳類であって、「人間は目的があれば哺乳類を殺しても良い」ということになる。そうなると、極端に、単純に考えれば、「人間は目的があるなら人間を殺しても良い」ということと同じような意味になって、クローン人間を奴隷用や臓器用に殺すことを認めているのと同じなんじゃないかと思う。
また、現に「死刑制度」様々な国で行われているが、それも「公的に認められた殺人」であって「目的があるなら人間を殺しても良い」ということと同じなんじゃないだろうか。

そのため、胸を張って「クローン人間を作ってはいけない」と言うためには、肉を一切食べないベジタリアンになる必要があるんじゃないかと思う。そして、国がクローン人間を禁止するのであれば「死刑制度」も廃止しなければ何だか気持ち的にすっきりしない。

進撃の巨人」という漫画があるけど、その漫画では、人間が巨人に食べられてしまう。かなりショッキングでグロテスクな光景がやたらと出てくるが、動物の肉を食べている人間も同じようなことをしているなーと考えさせられる。主人公も「まるで家畜じゃないか」みたいなセリフ言ってたし。

しかし、こんなこと考えていたらきりがないので、別に肉を食べようが、ベジタリアンだろうが、死刑制度があろうがなかろうが個人や国の勝手なので好きなようにしていいとは思う。哺乳類を殺すことと人間を殺すことについて言ったが、この考えをさらに極端にしたら、「虫も生き物だから、虫を殺すのも悪いことだ」とか、「植物を食べることもダメだ」とかまで話が発展してしまいそうだ。そうなったら、人間はみんな引きこもりになって、「人間は他の生物とかものとか環境と一切隔離された状態で一生を終えなければいけない」みたいな結論にまでたどり着いてしまいそうだ。


まとめとして

クローン人間を作ることはあまり良いことではないといえる。クローンでも、人間であることに変わりはない。
そのため作るのはスペアの臓器とか、人間の一部のパーツだけにとどめておけば、すごく便利だと思う。
クローン人間の製造を禁止して、臓器みたいなパーツごとのクローンしか作れないようにすれば、臓器移植必要な人とかやばい病気の人とかが助かるのですごく夢があると思う。自分の遺伝子から臓器を作れば臓器移植で合併症になって拒絶反応起こす可能生はほぼ0だ。

スモールライトで小さくなって食事すると

スモールライトで食べ放題

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スモールライトという道具を見たときにこう思う人がいるかもしれな。スモールライトで小さくなれば、一人分ケーキでも死ぬほどたくさん食べることが出来ると。
もし、そうすることが出来たら、食費を超安くすることが出来ると思う。スーパーの試食品とか持ってくればそれだけで一日分の食事まかなえるだろう。さらに、自分の好きな食べ物を食べるときに小さくなれば、飽きるまで思う存分大好物を味わうことが出来る。


たしかに、食べ物を食べるときに、スモールライトで自分が小さくなれば、たくさん食べられると思う。
例えば、アリぐらいの大きさになれば、米粒一つでも十分腹いっぱいになるし、すべて食べきれないで余ってしまうぐらいだと思う。
スモールライトで小さくなって、食べ物を食べたら、小さいうちは満腹になると思う。しかし、元の大きさに戻ったとしたら、胃袋の中に入っている食べ物も元の大きさに戻ってしまうんじゃないだろうか。

もし、スモールライトで胃袋の中の食べ物の大きさを変えることが出来ないと仮定する。
小さくなる時も、もともと胃袋の中に入っている食べ物の大きさが変わらないのに胃袋が小さくなるから、胃袋が容量オーバーになって破けてしまう。そして、自分が胃袋に入っている食べ物よりも小さくなるとしたら、体そのものが破裂してしまうと思う。
体が破裂しないとしても、小さくなっていくごとに、腹の中が容量オーバーになって、口から食べたものをほとんど吐き出してしまうと思うし、腸の中に入っているあれも、お尻から出てきてしまうと思う。

しかし、ドラえもんのアニメでそのような光景は見られない。そのため、スモールライトで小さくなって食べ物を食べても、元の大きさに戻った瞬間に満腹感はなくなるということだ。

それなら、食べ物を消化して排泄するまでの間、元の大きさに戻らなければいいのかもしれない。

まとめとして、スモールライトで小さくなって食べ物を食べて満腹になっても、元の大きさにもどると満腹感がなくなる。腹の中の食べ物も元の大きさに戻ってしまうからだ。
そうならないためには、食べてから、食べ物が消化されて、排泄されるまで元の大きさに戻らなければ良い。

くぐり抜けると体が小さくなる道具「ガリバートンネル」でも同じことが言えそうだ。

好きな魚

サーモンの刺身美味い
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舌触りと、歯ごたえが良い。
口の中ですぐにとろけたり、崩れたりしないで、それなりの歯ごたえがあるところがいい。

そして、わさびと相性抜群で、サーモンの風味と、わさびのツーンとした感じが合わさって、口の中に広がるあの感じが最高。

俺は回転寿司食いに行くときはやたらとサーモンを食べる。10皿食べたうち半分ぐらいはサーモンなんじゃないだろうか。同じのばっかり食べていてもつまらないからそのうち
脱サーモンでもしようかな。回転ずしにいってもサーモンを一皿も注文しない時をつくる。そうすれば普段あまり食べない寿司のネタを色々食える。


スモークサーモンはもっと好きだ。スモークサーモン食べたい。
スモークサーモンって、海のハムって感じがする。「海のミルク」とか「森のバター」みたいな言い方と同じようなノリで言ったとしたら。