移動式のブログ

ガジェット、アニメ、プログラミング、考えたことその他色々・・・特にこれといったテーマはないカオスなブログです。

秋の歌(チャイコフスキーの曲)

もうすぐ秋になる
秋は、夕方の空がとてもきれいだ。
秋の夕方の空のグラデーションが良い。
空が、カクテルゼリーみたいに見えるので空を見上げながら美味そうだなと感じる。

秋ということで、

チャイコフスキーの曲で、「秋の歌(四季)」という曲を最近知った。
www.youtube.com
久しぶりに「ヤバいこの曲良い!」と思う曲に出会ったので、ここにリンクを張っておこう。

野菜炒め的なもの

ニート的な食べ物のアイディア下さいとツイッターで言ったら、案外まともな提案が来たので作ってみた。

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使うものは、カット野菜ミックスと、香味ペースト。
フライパンにペーストと野菜ミックスを入れて炒めるだけで野菜炒め的なものが作れるということだ。



四コマ殴り描き 100話目更新しました

四コマ殴り描き 祝・100話目

idoushiki.web.fc2.com


数か月前から、四コマ漫画を描いている。
四コマ漫画と言っても、ほぼ、その瞬間に頭に思い浮かべた何かを描きなぐっている。
そのため、想像を絶するほど低クオリティなものなので「四コマ殴り描き」ということにしている

100話投稿したら、いったん四コマを休止して、別の何かに力を注ごうと考えていた。
そのため、四コマ投稿するのを停止するつもりだ。
しかし、気分次第でまた投稿すると思う。数か月もたたないうちにまた何か描きたくなって再開する可能性は高い。

PIMEMORIZERアップグレード その2

円周率を入力するゲーム「PIMEMORIZER」に円周率暗記機能を付けた

URL:https://pimemorizer.herokuapp.com/gamemenu.html


idoushiki.hatenablog.com


スマホの電卓で、3.1415....とひたすら円周率を打ち込んでいたら円周率を70桁ぐらい覚えていた。
ということで、その暗記方法を再現した機能を作った。


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まずは、「Memorize pi」のボタンを押す。


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テンキーが表示される。


「3.0」の下の「Next」に3.の次に来る数字が何桁か表示されているので、それに従って「1415....」と入力していく。
これをずっとやり続けて暗記していれば、円周率がこのテンキーの位置と関連付けて記憶されるので、一度暗記した円周率をなかなか忘れなくなる。
そして、この暗記機能では1024桁までの円周率を暗記できる。


PIMEMORIZERと円周率暗記機能はブラウザでプレイできます
URL:https://pimemorizer.herokuapp.com/gamemenu.html

はてなブログ 自分がアクセスした分もPV数に含まれる

このブログ、なにげに一日10アクセスぐらいはあるのかなぁ

時々、このブログの管理画面を開くのだが、たいていいつも、PV数が10程度はある。
本来なら、「見ている人がいるんだな良かったね」と思うところだが、このPV数は本当なのか



自分でアクセスしても、PV数が増える

このブログ、自分がアクセスした分も、PV数に加算されてしまう。

つまり、自分が知らず知らずのうちに自分のブログにアクセスしていたら、PV数がわずかに増えるということだ。
時々、自分のブログを自分で読み返すこともあるし、スマホでも自分のブログをブラウザで閉じずにいることがある。
そのため、自分自身のアクセスである可能性も否定できない。

しかし、時々スターもらえるので、確実に数人は、見ている人がいるということだ。


ということでアンパンマン論でもいかがですか
idoushiki.hatenablog.com

未来とか死とか

毎日恐ろしい何かに追われているようで人生が苦痛だ

俺はどうにも昔から、「明日は学校があるからエネルギー温存しておかないとヤバい」とか「今金使ったら次のお小遣いもらうまでに欲しいものが出たらどうしようとか」とかやりたいことがあっても脳が未来のリスクを恐れて自動的に自分にブレーキをかけてしまうような事がよくある。
毎日、「今」以降のすべての「未来」が「今」の自分を脅迫してくるような感覚だ。




そのため、休みの日でも憂鬱感があるし、夏休みでさえ、宿題を初日に全部終わらせておかないと、精神がやばくなる。宿題なんて制度消えればいいのに。自分が苦手な分野を中心にやるとか得意なところだけやるとか自主的にやっていたほうが頭に入るし、効率も良い。


未来の「やらなければいけないこと」に縛られて、今を犠牲にしているなんて本末転倒なんじゃないかと最近思えてきた。
ネガティブな妄想に浸って毎日頭を抱えて苦しむために時間を使うよりも、明日の事とか、学校とか仕事とか予定とかどうでもいいから楽しいと思ったことを時間も気にせずやっていたほうがよっぽど未来につながるじゃないか。

例えば、運動全くしていない人が、いきなりスポーツで、オリンピックのメダルを取るなんてほぼ不可能だ。
適当でもいいから何かしら毎日好きなように体を動かしている人のほうが結果を残す確率は高い。

「明日はOOがある」という未来からの脅迫から解放されて、今を楽しみたいものだ。

また、ニートになりたいと毎日のように思うが、なったらなったで今度は金がなくなって飢え死にする不安が毎日襲ってくるのだろうか。

時間に余裕をもてるように週休4日ぐらいのフリーターや自分の裁量でできて、自己責任であるフリーランス的な生き方を視野に入れておこう。
そうしないと、将来、自分以外の恐ろしいなにかに縛られる苦痛か飢えに殺される。←お、また「将来」を心配しているな。


人間は明日も生きている確率は100%じゃない

老後の生活を心配する人間がいるというが、人間が必ず80年も100年も長く生きるとは限らない。
どんな人でも、事故に会えば死ぬことはあるし、病気で死ぬかもしれないし、誰かに殺されるかもしれない。
どんなに気を付けて日常を送っていても突然自爆テロに巻き込まれて、死ぬ可能性はあり得る。

死体 明日は我が身だ。

今を犠牲にしていると、死んだときに確実に後悔する。やりたいことを後回しにしていたらやりたいことをやらずに人生を終えることになる。

二度と人間として生まれてくるとは限らないのに、自分のやりたいことができずに死ぬのはもったいない。
未来が不安になって憂鬱な気分で生きていたら、若いうちはつまらないだろうし、年をとってもネガティブな過去しか思い出がなくなるのでクソじゃないか。

仮に、老後が貧しくなっていたとしても、長生きできたらそれはそれでラッキーだ。
若いうちに楽していたり、お金を使ってしまったりしていたのなら、生きることを十分に楽しんだことだろうし、その上、死なずに長生きしているというおまけもついているのだから、人生に後悔はないだろう。



今を生きることは、未来をつくる事

未来は保証されていない。
スポーツ選手を目指して努力していても確実になれる保証はないし、良い企業に入るために努力をしていても、落ちるときは落ちるし、どんなに絵がうまい人でも芸術家になって世界的に有名になって億万長者とは限らない。


「未来」とか「将来」は信用できない。

だから、不確かな将来を考えるよりも、確かな今を生きていくことが未来につながる事だと思う。

未来は、「将来はお金持ちになりたいです」とか「大統領になりたいです」みたいな妄想によってつくられるわけではなく、「今」この瞬間にやったことの積み重ねが未来を作っている。


今は裏切らない。色々やっていれば確実に自分が夢中になれることに出会えるし、毎日勉強していれば確実に数か月後にはいろいろ覚えているだろうし、毎日楽しく遊んでいれば、未来に過去を振り返ったときに「楽しい人生だった」と思える。

例え、毎日無駄な事ばかりやっていたりごろごろしてだらけた生活を送っていても、それが楽しいなら無駄ではない。
無理に毎日働いていたり、勉強が苦手なのに無理に大学受験するよりもずっと有意義な事だと思う。
いくら金持っていたって人間は死ぬし、学歴があっても、働かなければお金は手に入らない。
「未来」は「今」の積み重ねでできているんだ。

できれば、明日の事や将来の事よりも、「今」を9割見れる人間になりたい。



もちろん、「今」を生きるといっても、借金して高級な何かをいくつも買うとか嫌いな人間を殺すとかそういうヤバいレベルで後先考えないのはよくない。明らかに無駄に金を使うとか、他人に大きな害を与えることとかをやろうとは思わない。

イスラーム、キリスト教、ユダヤ教

キリスト教イスラム教、ユダヤ教、信仰している神同じ

キリスト教ユダヤ教イスラム教は、アブラハムの宗教やセム的一神教などと呼ばれる。
そして、どの宗教も信仰している神は同じである。
ヘブライ語で言う「ヤハウェ」やイスラームでいう「アッラー」は同じ神であるということだ。
例えば、アラビア語で書かれているキリスト教の聖書は「神」は「アッラー」と書かれているようだ。


イスラム教の原理で、「ラーイラーハイッラッラー(アッラーのほかに神は無し)」というものがあるが、この唯一の神を信仰している点では、セム的一神教であるユダヤ、キリスト、イスラーム、どの宗教でも同じということだ。


つまり、名前が「アッラー」という神の事を表しているわけではない。

アラビア語で「神」の意味を持つ「إله(イラーフ)」にアラビア語「THE」にあたる意味の「ال(アル)」を組み合わせて、「الله(アッラー)」ということになる。

簡単に言ってしまうと「アッラー」は、アラビア語で「THE GOD」と言っているようなものなのだろう。
つまり、「アッラーの神」と言うと、「神の神」ということになってしまう。


イスラームについて

イスラーム(الإسلام)」は、「神への帰依」を意味している。そして、セム的一神教の伝統は、神に帰依することである。

イスラーム目線では、神が人間に啓示を与えて、ユダヤ教キリスト教、最後にイスラム教になるといったイメージだ。
ムハンマドを預言者として認める人たちがイスラム教徒

ムハンマドは認めないがキリストを認めるのがキリスト教

キリストもムハンマドも認めず、モーセだけを認めるのがユダヤ教徒ということになる。


イスラム教の原理にムハンマダンラスールッラー「ムハンマドは神の使徒である」というものがあるのもそのためだろう。

イスラム教では、ユダヤ教キリスト教よりもイスラム教が優れているという考えもある。
セム的一神教モーセ、キリスト、ムハンマドという順番に神からの啓示を授かった。
しかし、どれも完全には神の教えを伝えきれていないので、その不足を補うために次々と啓示が下っている。

つまり、後に下った啓示のほうが本来の神の教えに近いということになるので、最後に登場したイスラム教が完全なものであるということだ。

そのため、クルアーンには「ユダヤ教徒がキリストを拒絶したこと」を非難している内容もあるようだ。