移動式のブログ

ガジェット、アニメ、プログラミング、考えたことその他色々・・・特にこれといったテーマはないカオスなブログです。

眠い

1日が24時間は短い。1日を34時間にしてくれれば寝る時間を10時間増やせるというのに。
しかし、それだと人間の寿命も長くしてくれないと人生の大半が睡眠時間になるな。

独り言

特に理由もなくブログの管理ページを開いたが、特に書くネタが思い浮かばない。
何だかせっかくブログ書こうとしたのにパソコンの電源切って終わるというのはもったいないから適当な事でも書こうと思う。

俺は甘党かつ辛党だ。
タバスコを醤油感覚で大量に使うことがあるし、デスソースも、普通に使う。最近はあまり辛いの食べてないけど、そのうちまた食べたくなってデスソース買ってそうだ。
また、甘党でもある。バター塗った食パンに砂糖を振りかけて食べたり、チョコとか海外の甘すぎるお菓子とかが好きだ。甘いものを一日に一回は口にしないと気が済まない。
コーヒーも砂糖を何杯もいれて飲むことがある。しかし、ブラックコーヒーとか苦いコーヒーとかも好きで時々飲む。
マクドナルドでコーヒー頼む時に、砂糖を追加で頼み忘れて、一本しかスティックシュガーもらわなかったときは、そのまま砂糖なしで飲むことがある。
砂糖一本だけだと、大して甘くならない。甘いという快楽を得られないのに、砂糖入れるのももったいないので、取っておいて後で使う。


甘いもの、からいもの、苦いもの、どれも好きだから味に関してはオールマイティなのかもしれない。
しかし、嫌いな食材はある。エビとか貝とか、甲殻類みたいなものが食べられない。アレルギーではないけれど、美味しく感じられないし、その焼いたときの匂いとかも嗅いでいると気持ち悪くなることがある。嫌い以上アレルギー未満って感じかもしれない。エビは小学生の時以来、食べた記憶がない。
よく、生ガキを食べてる番組なんかがテレビで放送されるが、見ていると食欲がなくなってしまうぐらいだ。
甲殻類が好きな皆さん、ごめんなさい!


俺は、辛い甘い苦いしょっぱいしぶいすっぱいどの味の種類も好きだが、食べ物の香りとか歯ごたえとか風味とかを基準に好き嫌いがあるのだろう。

コミュニケーション能力について

コミュニケーション能力

コミュニケーション能力という言葉を聞いて脳内に適当に思い浮かべたことを並べてみるか。


まず、相手に高いコミュニケーション能力を求める人間はコミュニケーション能力が低い。
コミュ力が高いのなら、コミュ力の低い相手にも会わせられる。しかし、コミュ力の高さを相手に求めるということは、自分自身がうまく意思疎通できないから相手のコミュ力に依存せざるをえないんじゃないだろうか。
相手のコミュ力が低く感じる理由は、自分の伝える能力が低くて相手が理解できない。そして、自分の聞く能力が低くて相手の話を理解できないのだろう。
ということで、接している相手にコミュニケーション能力が無いなと感じたら、それは自分自身のコミュニケーション能力が低いという可能性がある。

コミュ力が高いということは、意思疎通、意思伝達する能力が高いから、相手が馬鹿にでも天才にでも通じる会話をすることが出来る。
逆に、コミュ力の高い相手としかコミュニケーションをとれないという人の場合は、特定の人間としか意思伝達ができないということになるので、コミュ力が低いということだ。


ときどき、企業が人材を採用するときにコミュニケーション能力を重視するみたいなことをネットとかで見かける。そういう会社って、コミュ力の高い人材しか扱えないダメな会社なのかな~って思ってしまう。役割の分担だとか、個人の適性とかを考えて、うまく人材を配分できるシステムがあるならどんな奴でも仕事はこなせると思う。
そもそもコミュ力が高ければ、ダメな奴にもわかるように仕事を教えることが出来る。



あと、コミュニケーション能力と言われて、「会話する能力」みたいな漠然としたイメージがある気がするけど、普通に話す能力が低いのと、「コミュニケーション能力が低い」というのは別物だと思う。
話す」のは、コミュニケーション手段の一部に過ぎない。
「話す」能力がコミュ力だとしたら、の話したなにかのけがや病気で喋れなくなった人はみんなコミュニケーション能力がないのだろうか?自分でしゃべることができないからコミュ力が無いと言うのだろうか。喋れないが、筆談するとか、手話を使うとか、色々と意思疎通はできるじゃないか。

コミュニケーションとは、「話す」事に限らず、意思疎通である。話すことが出来なくても、わかりやすい文章や、感動する小説などを描くことが出来れば、それはそれで「コミュニケーション能力が高い」といえる。自分の考えていることをうまく表現できているからだ。

例えば、コーラが飲みたいなと思ったときに、口で言っても、紙で「コーラ飲みたい」と書いて相手に見せても、それを相手が理解できて、相手がコーラを持ってくることが出来れば意思の疎通ができたことになり、コミュニケーションが成立するからだ。

文章書くのがうまいだけでなく、読解能力が高い、絵がうまい、聞き上手とかもコミュニケーション能力が高いといえるんじゃないかな。
俺はどの能力も中途半端だから困ったなぁ。

かなり無口だが、コミュ力の高い奴がいたな。
Sという人がいた。その人は基本的に無口で、無表情で、人と話しているよりも本見てたり、ゲームやって引きこもっていたほうが楽しいというような人だ。そして、基本的に一人でいる。
それだけ聞けば、コミュ力低そうに感じるかもしれない。しかし、彼は「聞き上手」なのだ。俺の適当に考えたつまらないストーリーを延々と聞き続けることが出来る。大抵の人は、時間の無駄に感じて話をそらそうとするのだが、彼は、よく聞いてくれるのだ。時々秀逸な返しをしてきたリ、面白いアドバイスを挟んできたりと、聞く能力が優れている。そして、それを理解して、行動する能力にも優れている。相手の言ったことを理解して、その通りに動くことができるというのも、コミュニケーション能力が優れていると言える。自分の伝えたい事が相手に伝わって初めて「コミュニケーションが成立した」といえるわけだから。
Sは、基本無口でも、話せばすごく適切な応答をしてくれるし、完全に受動的な人間というわけでもなく、自発的に面白い事をするようなときもたまにある。

俺はSより比較的よく話すが、くだらないことをべらべらと他人に浴びせているだけの俺と比べればSはコミュニケーション能力がはるかに高い。俺は雑音を発生させる能力が高いだけだ。
今頃、Sは元気にしてるかな。時々ラインでふざけてスタンプとか送りあってるけど最近返信こないな。仕事で忙しいだろうからそっとしておくか。

マクドナルド 具材多め

マックでハンバーガーを具材多めで注文した


ネットでマクドナルドのことを調べていたらハンバーガーの具材を無料で多めにできることが分かった。
ピクルス、玉ねぎ、ケチャップ、マスタードを多めにすることが出来る。実際に、具材多めで頼んだら、ピクルスが2枚になっていた。他の具材も、普段よりも少し多かった。
ハンバーガーを頼んで、「すべての具材多めでお願いいます」と言って、クーポン券で他のメニューを安く注文すれば、安い値段で満足できる食事をとれる。ハンバーガーではなく、ポテトの塩を多めにすることもできるみたい。次はポテトの塩多めを頼んでみようと思う。
チキンナゲットのソースは、無料で二つのソースをもらうことが出来る。マスタードかバーベキューで迷ったときは、二つとももらってみよう。

しかし、肉とかチーズバーガーのチーズとかは無料で多めにすることはできないと思う。肉多めにしたかったらダブルチーズバーガー買おう。

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↑この時は片方のピクルスが少し小さかった。残念!

ああああ

名前「ああああ」

自分で自由に名前を付けることが出来るゲームやってる人なら、一度はこの名前をキャラクターにつけたことあると思う。
同じ名前が登録できない場合は「あああい」とか「いいいい」みたいにするんじゃないだろうか。
俺は「ああああ」を主人公とか仲間のキャラにつけたことはある。

ふざけて「ああああ」とネットで検索してみたら、アンサイクロペディアでゲームにおける「ああああ」のことが書かれているので面白かった。
ああああ - アンサイクロペディア

勇者ああああは一体何人生み出されたのだろうか。

ゲームでうOことか下ネタ系の名前付けようとすると、「この名前は付けられません」みたいになることがある。
「うO こ」とか「うO。こ」みたいに、スペースをあけたり、何か目立たない記号とか挟んで、強引に下ネタ系の名前をキャラクターにつけた思い出がある。
今のゲームもこのわざ通用するのかな。でも主人公とか、よく使うキャラクターとかにこの名前付けるとかっこ悪くてモチベーションさがるので、どうでもいいキャラクターにしか変な名前は付けない。

例えばドラクエ4みたいに、使えるキャラクターが限定されているやつとかは下ネタみたいなそういう変な名前をつけようという考えは起きないけど、ドラクエ9みたいにキャラクターを自分で作り出せるゲームなら、そういうおふざけみたいなキャラクターを作ることはよくあるな。

人生は何気に短い

4月、新年度だ。

高校も卒業して、今年で19歳。人生は短いなぁと身をもって実感する。
公園で桜が綺麗だった。「満開の桜」という言葉を聞いて、脳内で連想するような映像をそのまま具現化したような満開の桜だった。
リアルで桜が満開の景色も、あと何十回かしか見ることが出来ないと思えば、人生の短さがよくわかる。ゲームの世界だったら、一体何回人生を繰り返したのだろうか。ゲームなら、何度でも人生をやり直すことが出来るというのに。


いつも思っていることがあるのだが、寿命が80年の人間でも、人生を楽しめる時間って40年すらないのではないか。
単純計算で、

寝ている時間を一日8時間とすると、

8×365×80=233600時間

233600÷24=9733日


9733÷365≒26年


睡眠時間だけで26年間は犠牲となる。


学校、仕事の時間を8時間とすると、

学校は小学校~高校まで、年間休日150日だとすると

215×8×12=20640時間
20640÷24=860日
よって、2年数か月

仕事を始めるのは高卒、大卒と、人それぞれ就職する時期が違うので、40年間としよう、
年間休日120日だとして、仕事の時間は、

8×245×40=78400時間
78400÷24≒3266日
3266日は、約9年間

仕事や学校に奪われる時間を合わせると、約12年間になる。


自分で完全に自由に利用できる時間は、80から、38年を引いて、約42年間となる。
42年と聞いて、長いと感じるかもしれないが、年を取ると体が不自由になって、寝たきりの生活になる可能性がある。そうなると、老後の生活が決して自分の好きなことが自由にできる楽しい時間であるとは限らない。

さらに、通勤、通学時間など、細かいものやを合わせれば、もっと短くなるし、誰もが80歳まで生きられるわけではないので、人によってはもっと短くなるだろう。例えば、60歳で死ぬ場合は実質的に人生が22年間しかないのと同じだ。平均寿命はあくまでも「平均」であって、誰もが80年も90年も生きられるわけじゃない。人生は短い

就職先が良くて仕事が楽しかったり、自分自身が社長やフリーランスだったりすれば、自分の自由に利用できる時間が奪われる感覚はほとんどないと思う。しかし、やりたくない仕事とか、嫌な企業で働いている人の場合は、20代から、65歳になるまでの間の約四十年(時間的には9年分ぐらい)の時間が奪われるようなもので、人生の大半が苦痛な時間と感じるだろう。さらに、学校が苦痛だと感じていて、大学も行きたくない大学に行ったとしたら、「人生って短い上に、クソだなぁ~」なんて感じてしまうのではないだろうか。
最近、ネット上で「社会人は40年の懲役」とか書いてあったのを思い出した。選択次第で40年の懲役にも40年の天国にもなうる。だけど、仕事の場合、嫌なら辞められる上に、休みの日は自由に動けるから「懲役」というほどきついものではないと思うが、的外れでもないと思う。



俺は何気なく一日を無駄に過ごしてしまうことがよくあるが、結構もったいないなーと感じてしまう。俺が80年生きるなら、自分に与えられた時間は実質、42年以下なわけだから。さらに、その42年のうち19年分はもう消費してしまったのだから、23年しか残されていないことになる。起業するとか、セミリタイアとか、ニートとか、やり方次第で自分が自由に行動できる時間の合計は23年よりも長くすることはできるけど。

そう考えると、季節が変わるごとに、「あと何回、この季節を迎えることが出来るのだろうか」と考えてしまう。
真っ白な雪景色や、桜とか、季節にかかわるものを見るたびに、「綺麗な景色を見ることが出来て幸せだなぁ」と思う。実際に、あと50回ぐらい雪とか桜とかを見たら死ぬんだろうし。死んだらこの世界に再び生まれてくるとも限らないし、自分としての人生を再び繰り返すことが出来る可能性はほぼ0じゃないだろうか。死んだことないからわからないけど。



季節に関する景色でなくても、一日の終わりに上を見上げた時、視界に広がるカクテルゼリーみたいなきれいなグラデーションの夕焼け空なんか見るだけでも感動するぐらいだ。この綺麗なおいしそうな空をリアルタイムで見れる回数にも限りがあるんだなと思うと切なくなる。
何気ない日常の風景は、人間の人生の儚さを再認識させてくれるなぁと感じる。短いからこそ、なんの変哲もない自然の風景だとかを見て感動するのだろう。
自分が不老不死だとしたら、生きていてる有難みが感じなくなって、そのうち地球にいること自体に飽きるだろうし。



それにしても、まだ20歳になってすらいないのにずいぶんと年寄りじみたこと言っているなぁ。
「桜を見るたび、人の人制の儚さを実感するんだ」なんて言っていて、「あと何回この季節を迎えることが出来るのかなぁ」なんて、残りの人生が少ない人が言っているかのような感じだな。

どこかに、人生リセットボタン俺にくれる奴おらんかね。死ぬ直前で人生リセットすれば実質不死身だ。
単に自分の体が不老不死になっても、50億年後に太陽の寿命が来て、地球もろとも太陽系がなくなって宇宙空間に自分一人が永遠に取り残されるから大変そうだ。死ぬ直前に人生リセットしてある意味不死身な状態のほうがその心配がなくて良い。飽きたらそのまま死ぬこともできるし。

音楽について

ボカロとクラシックが好きだ

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最近ボカロが好きになった。かいりきベア、家の裏庭でマンボウが死んでるp、みきとpあたりの曲をよく聴く。
じん(自然の敵p)の「カゲロウデイズ」を聴いたのがボカロにはまるきっかけだったなぁ。

それまでクラシック音楽マニアで現代の曲は好きなもの少なかったけど、今はボカロというジャンルが好きな音楽に加わった。しかし、よく考えてみると対照的だ。クラシック音楽という古い音楽と、ボカロという超最先端なハイテクな感じの音楽が好きなわけだから、どちらかというと相反する存在って感じだな。


クラシック音楽はピアノの曲が好きだ。特にショパンドビュッシー、あたりの曲が凄く好きだ。
ついでに、たまたま家にぼろい電子ピアノがあったおかげで、ピアノで曲を弾くことも好きになってきた。
無謀ながらショパンの「革命」OP10-12を弾けるようにするために練習しているが、左手がきつい。ピアノ素人に「革命」は難しい。
しかし、練習していて何気に手が動くようになってくるから、革命を弾くことは無理なことはない。ベートーベンの月光ソナタしかまともに弾ける曲がない趣味程度でピアノを弾いている俺の感覚からするとね。しかし、「上手く弾く」っていうのは難しい。
一日4時間ぐらい練習する時間が取れるなら、3か月ぐらいあれば一応形にはなりそうだと思う。しかし、それはむりそうだから、弾けるようになるのは来年かな・・・。楽しみでもあり、辛くもある。しかし、自分の意志でする努力って楽しいね。気が向いたら自分でピアノ弾いてYoutubeで公開してみるか。


ピアノを弾いてみたいけど難しそうだなと思っている人は、ベートーベンの月光ソナタ第一楽章を最初に弾いてみるのがお勧めだ。左手はほとんど動かさないうえに、右手はソドミソドミ・・・の単純な楽譜な割には、結構きれいな曲だ。

ショパン前奏曲第4番Prelude Op28-4もお勧め。この曲は右手はほとんど指を使わないし、楽譜も短いので単に弾くぶんには簡単だと思う。

ピアノ初心者 お勧めの曲


ベートーベンの月光ソナタ第一楽章www.youtube.com


ショパン前奏曲第4番Prelude Op28-4www.youtube.com