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移動式のブログ

ガジェット、アニメ、プログラミング、考えたことその他色々・・・特にこれといったテーマはないカオスなブログです。

文化についての遺伝子

人はミームを残すという考え


持たない幸福論(pha著)を読んでいて「ミーム」という概念が気になった。

同じくドーキンスさんが提唱した概念にミーム(meme)というものがある。これは遺伝子(gene)から連想して作られたもので、「文化についての遺伝子」と言えるような情報のことだ

人間も、ほかの植物とか人間以外の動物も自分の遺伝子を残すために、子孫を作る。
しかし、人間は、誰かが生み出した文化(ミーム)が人から人へと伝わっていって、様々な文化を作り上げている。

漫画の作者で例えてみるとこうなる。
藤子不二雄は、「ドラえもん」という作品を生み出した。今となっては、世界中の人に「ドラえもん」は知られている。
人間は、子供をつくり、その子供がまた子供をつくって遺伝子が後世に伝わっていく。
それと同じように、「ドラえもん」という藤子不二雄ミームはずっと先の未来まで、語り継がれて存続し続けるということだ。

自分の子孫が、さらに子孫を残して、その子孫がさらにまた多くの子孫を残していく現象と同じように、多くの人に広まっていく。
そして、人類が滅亡でもしない限り、「ドラえもん」という存在も残り続ける。

人間の子孫(gene)ではなく、何かしらの成果(ミーム)を残したい

ミームには場所、数、時間の制約がない
アインシュタインの考えた数式が突然すべて消えたり、地球上に存在するすべてのドラえもんという漫画が突然燃えて灰になるようなことはまずない。
発明とか、芸術とかは人類が滅亡でもしない限り、ほぼ永遠に残る。ゴッホの描いた絵は何百年も存在しているし、古代ローマの建築物なんて何千年も昔から今に至るまで存在している。
例え、凡人が描いた絵や小説でも、ネット上にアップロードしておけば半永久的に残ることになる。
人間のように、寿命が来たり、事故に会ったりして死んでしまうことは無いし、数が減ることもない。
このように、時間や場所や数の制約を持たずにそのままの形で人類史上に残すことが出来るということだ。

そのため、気が向いたらブログ書いたりして、何かしらを吐き出すようにしている。
例えばこのブログなんて、ある意味自分の分身みたいなものだ。
このブログは自分の氷山の一角しか表現できていないのかもしれないが、自分自身が考えたことそのものなわけだ。

人間のこどもをつくったら、「遺伝子」は後世に残せても、「自分の思想」を残す事に関してはブログや本、絵などの足元にも及ばないと思う。
実際、俺自身も、自分のひいおじいさんがどんな人で何を考えていて、何をしたかったのかなんてわからない。
自分のおじいさんの事すらほとんどわからない。